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仙台高等裁判所 平成5年(行コ)8号 判決 1995年9月28日

山形県上山市金瓶字山の上二〇〇番地

控訴人

塩野久五郎

右訴訟代理人弁護士

浜田敏

山形市大手町一番二三号

被控訴人

山形税務署長 冨塚益行

右指定代理人

山下隆志

久城博

山田昇

阿部覚己

右当事者間の所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴人は、「原判決を取消す。控訴人の昭和五六年ないし昭和五八年分の所得税につき、被控訴人が昭和五九年七月二六日付でした各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  主張

以下の補正、付加部分の外は、原判決当該欄の記載と同じであるから、ここにこれを引用する。

(原判決の補正)

1  原判決添付の別紙四を本訴訟審判決添付の別紙預託料収入内訳表(以下「控訴審判決別表」という)に改める。

2  請求原因1、本件処分の経緯等の記載内容(原判決二枚目表一〇行目から同丁裏四行目まで)を次のとおり改める。

「控訴人は、競争馬の調教を業とし、所得税の白色申告をしてきた者であるが、昭和五六年ないし同五八年のそれにつき原判決添付別紙一記載のとおり各年度の確定申告をした。これに対して被控訴人は、昭和五九年七月二六日付で同紙面記載の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定をした(以下これらを「本件各更正」「本件各決定」という)。これらに対する控訴人の異議及び審査申立と、その結果及び経過は同別紙に記載してあるとおりである。」

3  原判決三枚目表三行目の「七二七万八七八一円、八三三万〇九一〇円」を「七一二万八七八一円、八三〇万〇九一〇円」と、同面六行目の「収入及び経費」を「収入金額及び必要経費」とそれぞれ改める。

4  同丁裏初行の「預託料収入は」を「預託料収入については、控訴人が帳簿書類を提出しない上、預託をした馬主らからも信頼しうる請求書や領収書等の資料が得られず、結局その実額を把握できなかった。そこで、控訴審判訣別表のとおり、次に述べるところの」と改める。

5  同面末行末尾に「すなわち、控訴審判訣別表中、修正した預託期間の記載のとおり、預託馬数が割当馬房数を上回る場合には、右以降最も早く退厩した馬の退厩日を、右台帳記載の日よりも前に進めて、これを入厩馬の前日と修正した。」を加える。

6  同四枚目表初行から五行目までを次のとおり改める。

「また、預託料の毎月の単価については、控訴人が馬主に対して現実に請求した毎月の各清算書に記載されている預託料の金額に基づき、これを求めた。ただし、同五八年分の一部については控訴人の確定申告の記載のそれによった。なお、右算定の際、一部の預託馬については清算書に記載されている預託料のとおり算定したほか、退厩日当日は期間に算入せず、預託期間が一か月に満たない馬についても預託料の算定から除外した。」

7  同九枚目裏三行目から六行目までを次のとおり改める。

「また、被控訴人が預託料の単価を算定するについて、一部の馬主が提出した清算書を除外したのは、その記載内容が従前のそれと大きく食い違い、その信頼性が疑われたからである。」

8  原判決別紙二原告の収入及び経費の内訳中、2の昭和五七年分の預託料収入「三三八二万九〇〇〇円」を「三三六七万九〇〇〇円」と、収入金額の合計「四四八一万八六九〇円」を「四四六六万八六九〇円」と、同事業所得「七二七万八七八一円」を「七一二万八七八一円」と、同3の昭和五八年分の預託料収入「三四〇七万五〇〇〇円」を「三四〇四万五〇〇〇円」、収入金額の合計「四五〇〇万〇五〇七円」を「四四九七万〇五〇七円」と事業所得「八三三万〇九一〇円」を「八三〇万〇九一〇円」とそれぞれ訂正する。

(控訴人の当審での主張)

1  預託期間について

原判決は、これに関して専ら被控訴人の主張どおりに的確な証拠の裏付なしに認定したにすぎず、不当である。すなわち、

(一) 入退厩台帳の入厩欄について

原判決は右入厩欄には伝染性貧血検査に合格した競走馬の採血日が記載されていると認定したが、その唯一の証拠である乙第三六号証の回答書は信用性に乏しい。けだし、右回答書を作成した上山市競馬事務所長は乙第八号証においてこの欄には競争馬入厩承認申請書の申請年月日を記載するといったん回答しておきながら、この申請書が提出されていないことが明らかになった後にこの内容を変えたのが、乙第三六号証なのである。しかも、入厩日は採血日から二、三日遅れるのが通例であり、預託契約も実際には入厩した後に締結されることが多い。勿論、検疫厩舎に入厩している間の預託料は収受していない。したがって、採血日をもって入厩日と認定し、この入厩日を預託期間の始期とした原判決の認定は二重に誤っている。

(二) 入退厩台帳の退厩欄について

原判決が同欄の記載の根拠とする昭和五六年分の在厩馬退厩届は実際には提出されておらず、また同五七年、同五八年分の退厩馬一覧表はこれを作成した警備員が退厩を確認した上で作成したとの確たる裏付もないから、いずれにしても十分な証拠によらない認定であるとの非難を免れない。

(三) 割当馬房の数について

原判決は控訴人の割当馬房の数を休養馬房も含めて、昭和五六年、同五七年一月につき二七と認定したが、休養馬房は故障馬のための馬房であり、この入厩馬は出走申込をすることができないから、これを預託期間の算定の際、無条件に算入するのは誤りである。被控訴人主張の在厩馬数は乙第二七号証の回答書の在厩馬数とも一致していないので、この点からも不当であることは明らかである。

(四) 馬房は常に満杯ではないことについて

この点は、原審証人鏡、同佐藤の各証言や控訴人本人の供述から明らかであるのに原判決はこれを採用しない。また証人申請も却下しておきながら立証の裏付がないとの理由により右事実を認定しないのは不当である。そもそも生き物である馬について、一頭が退厩すると一日の空白もなく直ちに別な馬が入厩するというのはありえないことである。けだし、入厩馬を運搬することや入厩手続、すなわち伝染性貧血検査の日は月曜日と木曜日に限られる上、その検査結果の判明するまで約二四時間要することに照らして、仮に別の馬が待機していたとしても、日にちを空けないで入厩することなど殆ど不可能である。

(五) 預託期間の修正について

右修正は、その程度が著しいばかりか、その内容も馬房が全期間満杯の状態であることを前提にしているが、この前提は前記のとおり裏付を欠くもので不当である。

2  わら代について

被控訴人は、控訴人と同じ上山競馬場の調教師の一部の者につき、必要経費として調教師会と馬主会との協定料金どおり算定したわら代を認定した。したがって、控訴人に対しても同様に協定料金どおり算定したわら代を認めるべきである。

(被控訴人の当審での主張)

1  預託期間の修正について

(一) 入退厩台帳の入厩日の記載等について

控訴人の指摘する二つの回答結果は、一見異なるようにみえるが、伝染性貧血検査の採血日と競走馬入厩申請書の申請年月日はいずれも同じ日であるから、この結果に矛盾はない。次に、預託契約書は原則として競走馬を内厩舎に入厩させるまでに締結され、その契約日は採血日とされているのが通例であるから、預託期間の始期を右台帳の入厩日、つまり採血日とするのは当然である。ちなみに、預託馬が内厩舎に入厩する前段階として、検疫厩舎に入厩している間も、調教師は飼料等を与えるなどしてその世話をするから、通常この時から預託料を収受しているのである。なお、仮に預託期間の初日とした右入厩日を、預託料収入の計算上の期間から除いたとしても、本件各更正処分の預託料収入額を上回るから、いずれにしても違法にはならない。

(二) 入退厩台帳の退厩日の記載について

この記載は退厩馬一覧表や在厩馬退厩届に基づいて行われ、さらに在厩馬申請書や出走申込書と、右台帳の記載内容とが合致しているか否かの照合もなされていたのであるから、十分裏付のあるものである。もっとも、在厩馬退厩届の記載は調教師の自己申告であるから、正確性を欠く場合がないとは言い切れないが、それは極く例外である。したがって、割当馬房数を超えて預託馬が存在することとなる期間につき修正を施した上で、右台帳の記載どおり預託期間を算定することには十分合理性があるというべきである。

(三) 修正の根拠について

入退厩台帳上は在厩馬の数が一日ないし二日間割当馬房数を超えているように見える場合があるが、伝染性貧血検査の関係や、同じ日に入厩する馬と退厩する馬とがある場合にこれらが重複して記載される関係でそのようになっているにすぎないから、現実には超過しているわけではない。したがって、預託期間の修正は本来不要なのであるが、不合理ではなく、控訴人に有利なことでもあるので、何ら差支えはない。次に、三日間以上在厩馬の数が割当馬房数を超えるようにみえる場合は、右台帳への記載が基本的には調教師からの申告に基づいているため、正確を欠く場合も想定され、また、入退厩馬の輸送手段の手配等の関係で、短期間他の空いている馬房を借りて対処した結果そのようになったものと推測することができる。故に後者の場合も、控訴人が当該数の競争馬の預託を受けていたことに変りがないので、預託期間の修正は不要であるとも考えられるが、前と同じ理由から修正を加えたのである。

2  預託料等について

原審当時主張していた預託期間を再検討したところ、入退厩台帳の記載の一部に読み誤りがあったので、原判決添付別紙四の1、39番サワーラインの退厩日を七月七日に、これに伴い当時修正を施していた同じく16番キリタチヒカリの退厩日を七月一六日に再修正した。この外、原審当時被控訴人が割当馬房数を超えるために修正した期間に修正漏れがあったので、これを控訴審判訣別表のとおり訂正した。これらの預託期間の修正に伴い、預託料収入も右別表のとおり修正したが、その結果によっても本件係争各年分とも本件各更正処分において認定された預託料収入を上回っているので、本件各更正処分及び本件各決定は違法ではない。

三  証拠

原審及び当審記録中の各証拠目録記載のとおりである。

理由

一  前記請求原因1の事実は表現を改めただけで趣旨・内容面で従前と変りがなく、被控訴人の認めるところである。その余の点に関する当裁判所の認定と判断は、以下に付加する外は原判決理由欄の説示と同じであるから、ここにこれを引用する。

二  原判決の補正

1  原判決理由説示中の「原判決添付の別紙四」を全て「控訴審判決別表」に改める。なお、同表昭和五七年分の番号14のモナークリンデンについては、後記説示の手法により算定すると、当審で修正した預託期間によっても原審で被控訴人主張の預託料四一万三〇〇〇円と変らず、これを修正する必要はないのであるが、被控訴人主張に従って、四〇万三〇〇〇円の限度で認定したので、結局同表のとおり認定したことになった。

2  原判決一〇枚目裏九行目の次に行を改めたうえ、次のとおり加える。

「いずれも弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第八号証、第九号証の一ないし三、乙第一四号証の一ないし一三(但し、添付の各清算書の成立は、争いがない)、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三、第六号証の一ないし三、第七号証、その方式及び趣旨により真正な公文書であると認められる乙第四二、第四三号証、原審における控訴人本人尋問の結果(第一、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

被控訴人の所轄担当者は昭和五八年六月中頃二回に亘って控訴人宅を訪れ、同人に対し、本件係争年分の所得調査に必要な飼料の提示を求めたが、一部馬主名簿の提出を受けた外は帳簿書類や精算書等については協力を得られなかった。

さらに、控訴人から本件各更正及び本件各決定についての異議申立がなされたのち、被控訴人の担当者が同五九年一一月二二日、同年一二月一〇日控訴人と面談し、関係帳簿書類の提出を求めた。これに対し、控訴人は右書類は保管してあるが、本件各更正処分の内容を明らかにしない限り見せないとして応じなかった。その後、控訴人は右書類を廃棄したので、もはや提出できないとしている。

また、控訴人の取引先となる預託馬主らに対しても、預託料の明細を明らかにした清算書等の提出を求めたりしたが、一部の馬主からしか協力が得られなかった。

このような調査の次第により、被控訴人は控訴人の預託料収入を実額で把握できなかったので、やむなく、次のとおり本件各係争年分の預託料収入を求めることにした。

なお、乙第一四号証の一ないし一三の預託料及び預託期間の記載は、清算書の添付されていないものが多く、その収支の内容が明らかでなく、期間についても正確性に乏しいものも含まれているので、この記載から控訴人の預託料収入をそのまま認定することはできない。」

3  同面一〇行目の「まず」を「次に」に改める。

4  同一一枚目表冒頭の挙示証拠の中に、「成立に争いのない乙第四八号証、第五〇号証の二、成立及び原本の存在に争いのない乙第五〇号証の一、当審証人斎藤清隆、同石塚準一の各証言及びこれにより成立を認めうる乙第五一ないし第五三号証、原審証人鏡紀一郎、同佐藤喜治、当審証人高橋功一、同竹田正の各証言」を追加し、同面六行目の「競走馬入厩申請書」を「競走馬入厩承認申請書」に改め、同九行目の「取扱いとされていること、」の次に「右検査に必要な採血は、毎週月曜日と木曜日の各午前中のほか臨時にもおこなわれ、翌日の午後二時頃までにはその結果の連絡がきて、異常なしとされた馬は内厩舎に入厩すること、」を加える。

5  同一二枚目表六行目の「第三七号証」の次に「、甲第一二号証及び当審証人斎藤清隆の証言」を加える。

6  同一三枚目表二行目の「記載があること」の次に「、甲第一二号証にも同様の記載があること」を加え、同面四行目の「馬房数をのみを」を「馬房数のみを」と訂正する。

7  同丁裏六行目の「しかしながら」から、同面末尾から次丁初行にかけての「認められ、」までを次のとおり改める。

「しかしながら、前記乙第五三号証、原審証人鏡紀一郎、当審証人石塚準一の各証言によれば、次のとおり認められる。石塚準一は上山競馬場に勤務し、本件係争各年分の相応する各入退厩台帳を作成した担当者である。同人は、右入厩日については伝染性貧血検査の採血日を記入し、退厩日については、昭和五六年のそれは調教師から提出される退厩届に基づき、同五七年、同五八年のそれは出入口を監視するガードマンが記入した退厩馬名簿に基づいて、それぞれ記載した。ところが、この退厩届は調教師の自己申告によるため一部正確ではない記載となることも考えられ、また退厩馬名簿も屠殺のため退厩するときには通常の出入口から搬出されないので、ガードマンはこれに関与することなく、調教師からの申告を待って名簿に登載することになるため、やはりすべて正確に記載されていたとは断定できない。そうであれば、退厩日については右台帳の日と実際のそれとの間に多少の食い違いが生じることも否定できないのは事実である。そうすると、」

8  同一四枚目裏八行目の「証言内容」の次に、「のうち馬房が常に満杯ではなかったとの点は、当審証人高橋功一、同竹田正の証言等に符合するものの、その他」を挿入する。

9  同一五枚目表六行目の「合理的な修正」を「前記のとおり割当馬房数を超えないようにするための修正」と改め、同面一〇行目の「証人佐藤喜治の証言」の次に、「、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)」を加える。

10  同一八枚目裏三行目から同一九枚目裏三行目までを次のとおり改める。

「預託料は、控訴人と馬主との個別契約によって定められるものであるから、その契約、つまり競走馬ごとに異なる可能性がある。しかし、既に触れたとおり本件では個々の競走馬の各預託料を認定するに足りる証拠はないのみならず、一部の馬主らから回答があった前記清算書の他には預託料の単価を算定するうえで適当な資料がないのである。もっとも、控訴人は預託料の単価は馬主会と調教師会との間で協定されているとおりの金額である旨主張し、原審においてこれに沿う供述をしているが、他方原審における控訴人本人尋問(第一回)では右協定の金額よりも高い預託料で契約していた例があることを認めているし、前記説示のとおり右協定の金額は一応の目安にすぎないので、右主張は採用できない。次に乙第一八、第一九号証(控訴人が馬主に交付した清算書)によると、前記認定事実と異なる預託料が記載されているが、右清算書の内容は、他の清算書、特に乙第一七号証の九、一〇枚目のそれと比べて各収支の明細がなく、実態と異なる疑いがあり、この記載内容どおりに信用することはできない。

してみると、預託料は前記のとおりその単価を求め、これを預託期間に乗じて算定する以外に適切な方法はないというべきである。

なお、乙第一四号証の一ないし一三によれば、馬主が控訴人に対し、所定の預託料の支払をしていない旨の回答も一部あるが、この回答を裏付けるに足りる他の証拠はないので、右回答どおりの事実を認定することはできない。

11  同二一枚目表三、四行目の「遅くとも」を「長くみても」に改める。

三  控訴人の当審主張について

1  預託期間について

前記説示のとおり、入退厩台帳の入退厩欄の記載のうち、入厩欄の日については採血日であり、しかも競走馬入厩承認申請書の申請日と同じであるから矛盾はなく、退厩欄の日についても当審で調べた乙第五三号証、証人石塚準一の証言により十分信用できるものというべきである。

次に預託期間の始期であるが、いずれもその方式及び趣旨により真正な公文書であると認めうる乙第三六、第五一、第五二号証、原審証人鏡紀一郎、当審証人斎藤清隆の各証言及び弁論の全趣旨によれば、預託契約は原則として競争馬を内厩舎に入厩させるまでに締結されてその旨の書面が作成されるとともに、検疫馬房に入れたときから調教師が預託馬の世話をすること、採血からほぼ二四時間後に検査結果が通知され、入厩するのが通例であること、伝染性貧血検査の結果により入厩を許されなかった馬は少なくとも本件係争各年においては見当たらないことが認められる。そうすると、採血日を入厩日としてこれを預託期間の始期とすることは実態どおりであり、問題はない。なお、控訴人主張のとおりこの始期を実際に入厩する日と仮定しても、控訴審判決別表のとおり預託料収入が僅かに減少するにすぎないから、他の金額に変更がない以上、所得金額に幾分かの減額が生ずるに止まり、いずれにしても本件各更正処分の前提とした所得金額の範囲内にあるから、これを違法ならしめるものではない。

また、割当馬房の中に休養馬房を無条件に算入すべきでないと主張するが、前記乙第五〇号証の二、当審証人竹田正の証言によれば、休養馬房に入厩した馬は出走申込ができないとの制限を受ける以外は特に通常の馬房と変りはなく、しかも調教師はどの預託馬を休養馬房に入れるか、はたまた入れ替えるかは総て任せられており、その間の預託料も収受していたことが認められる。そうすると、休養馬房であるからといって、預託料の算定上これを通常の馬房と異なる取扱いをする必要はないというべきである。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

次に控訴人は、馬房がいつも満杯であったとは限らず、しかも生き物である馬の性質上、被控訴人が控訴人の有する割当馬房数を超えないように修正を施した際に前提とした状況、すなわち、一日の空白もなく直ちに別な馬が入厩するようなことはありえないと主張する。

しかし、被控訴人も馬房が常に満杯であったと主張しているわけではないし、右後段の点は次のとおり、控訴人が他の調教師の有する割当馬房を一時的に融通して貰った場合もあったと推認できることからすれば、右修正の際に前提とした状況も十分成り立つから、控訴人の右主張は理由がない。

その他の控訴人の主張も含め、そもそも控訴人は、控訴人が預託を受けた馬であると被控訴人が主張している馬の相当数、すなわち、控訴審判決別表に記載があって原判決添付別紙三に記載のないものについて、その馬は預かったことはないとの、馬名を挙げての否認主張はしていないのである。それどころか弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第七号証、成立に争いのない乙第七号証によれば、控訴人は昭和五八年の預託馬については一九頭もの申告漏れがあったことを認めた上で、見舞金として預託料を放棄したとか、回収できなかったなどの事情があったので、申告しなかったなどとの弁明に及んでいるのである。本来、被控訴人の主張がこの点で虚無のものであれば、それだけで預託料収入額が大幅に減少する筈であり、控訴人としては最も反証を挙げ易い事項であるのに、その主張・立証がなされないのは、被控訴人推測の如く、控訴人は短期間他の空馬房を借りて対処したことがあると推認するのが妥当である。けだし、他の調教師の割当馬房が常に満杯であるとは限らない上に、割当馬房数が実際に問題となるのは全厩舎が満杯のときだけであり、しかも、個々の調教師としては自己に割当られた馬房数を超える数の馬の預託を受けることが禁じられているわけではないことが弁論の全趣旨から認められること、控訴人が預託を受けた馬の数や期間を記載していたというノートを処分してしまったとのことなどの事情があるからである。ちなみに乙第四九号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は平成五年一〇月一七日当時、自己の割当馬房ではない隣の空馬房に一頭預託していることが認められる。したがって、右台帳上、数日間割当馬房数を超える預託馬の記載がある点は、それが事実と合致しても、右の意味で異とするに足りないというべきである。

してみると、入退厩馬台帳については、調教師からの申告に基づく記載部分等につき誤りがなかったとは言い切れないものの、これをそれ以外の馬主らからの回答書等の資料と比較すると、格段にその信用性が高く、控訴人の所得を実額で把握するに足りる資料がないことをも併せ考えれば、前記認定のとおり右台帳に基づき、控訴人に対して割当られた馬房数を超えないように修正を施した上で、各馬の預託期間を乗じて算定したことに違法はない。

2  わら代について

当審証人竹田正の証言によれば、わら代は調教師各自が農家と交渉して買入れるため、協定料金は一応の目安にすぎなかったことが認められる。そうすると、他の一部の調教師につき、協定料金により算定したわら代を認定した事例があるからといって、どの調教師についても同じ金額を必要経費として認めなければならない理由はないのであり、控訴人についてはその申告額の限度で必要経費として控除するのが相当であるから、控訴人の主張は採用できない。

四  以上によれば、前記認定の本件係争各年分の控訴人の所得金額は、原判決別表二の1ないし3のとおり(一部訂正後のもの)となるから、これを超えない本件各更正処分及び本件各決定はいずれも適法である。

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 及川憲夫 裁判官 小島浩)

(別紙)

昭和56年分預託料収入の内訳

<省略>

<省略>

昭和57年分預託料収入の内訳

<省略>

<省略>

昭和58年分預託料収入の内訳

<省略>

<省略>

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